The Collection
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網を引く漁師たち
マルセロ・ダ・クーニャ
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フラミンゴ
マーガレット・グレイグ
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赤い木の実と葉
ポーリン・アングス
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活きる
南 正文
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道
石原 生美夫
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西海岸遊歩道程
コディ・トレジエラ
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秋
木村 浩子
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新しい年(富士山)
梅宮 俊明
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放つ
梅宮 俊明
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小鳥
ロザリン・テラデ
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鶏
ウォルフガング・フルビカ
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光射す海辺
田中 潤也
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Blue flower
田中 潤也
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ベニス風タクシードライバー
キース・ジャンス
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渡り鳥
イン・スク・リム
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水を飲む子犬
マニュエル・パレンニョ・リベラ
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青の刻
牧野 文幸
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青の刻(書)
牧野 文幸
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オルガ
ヨランタ・ボレク・ユニコウスカ
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イストラ半島
ヴォイコ・ガスペルート
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鍛冶屋
クリス・オパーマン
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アザミの花瓶
築地 美恵子
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ヨットレース
安達 巌
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自転車
ジェン・ロン・リュウ
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質素な家族
アマド・ビンワグ・ドルヌアン
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観察
レゼルダ・ルッベ
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愛犬ナナ
飯原 孝
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ヴェニスの週末
エロス・ボナミニ
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バラ
山口 かほる
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お父さん
井上 忠
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明るい部屋
浦上 哲也
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友達
ワレリー・シエバタロウ
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千代に八千代に
大石 順教
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ピエロ
ホセ・マルコス・ドス・サントス
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化身
森田 真千子
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菓子屋横丁(川越)
森田 真千子
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大好きなハニートースト
六鹿 香
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カラー
大井手 麻紀
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富士山
石橋 亨弘
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お風呂は嫌いだワン
黒木 洋高
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考え中
黒木 洋高
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水郷
菅野 圭子
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ピエロ
古小路 浩典
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バルコニーから
古小路 浩典
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夕日に向かうバラ
佐藤 拓也
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ボート
ネッタ・ガノール
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残照
南 栄一
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オーロラ
西岡 良介
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暑い夏の花畑
茅野 清子
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夕映えのポンプ小屋
水村 喜一郎
The Collection
ウォルフガング・フルビカ
()/ 口で描く
1951年生まれ(アルゼンチン)
1951年5月生まれ。南ドイツで生まれ、1歳で家族とアルゼンチンに移住した。15歳で繊維会社の経理部で研修生として仕事を始め、18歳で管理職となる。しかしその年に、水泳中の事故で全身マヒとなり、以来、車椅子とベッドで生活している。事故から3年後に初めて口に筆をとった。油彩、テンペラ、水彩による素朴な画を好んで描く。
The Collection
田中 潤也(たなか じゅんや)
()/ 口で描く
1999年生まれ(愛媛県)
1999年1月生まれ。7歳の時、交通事故で頚髄を損傷し完全四肢マヒとなる。小学校に復学した折、先生に書道を口で書くよう勧められ、筆で書く楽しさに気づいた。小学5年生の時、自宅近くで行われた口と足で描く芸術家協会による絵画展での実演を見て、本気で絵を描くことを志す。特別支援学校高等部を卒業する際に将来のことを考え、同協会への参加を決めた。人との出会いを大切にして絵を描き、自身の絵でいろいろな人にメッセージを届けたいと願っている。
The Collection
キース・ジャンス
()/ 口で描く
1961年生まれ(イギリス)
財務顧問や株式仲買人として成功していたが、34歳の時に自動車事故で第5・第6脊椎を損傷し、腕と脚を使えなくなった。長い入院生活を経て退院後、口と足で描く芸術家協会の画家に出会い、口での描画を始めた。同協会から奨学金を受け、通信制大学の絵画コースを受講。作風は印象主義で主に水彩画を描く。好きなモチーフは雰囲気のある空、人物、静物、ヴェニスの風景。
The Collection
イン・スク・リム
()/ 足で描く
1970年生まれ(韓国)
生後8カ月の時に脳損傷を負い、脳不全マヒとなり両手を使うことができない。幼少期から生活全般で足を使い、7歳から左足での描画を始めた。技術習得のため通信教育の絵画コースを受講し、韓国の著名な画家のもとでも学んだ。好きなモチーフは肖像や風景で、主に油彩画を描く。作品はいくつかの個展やグループ展で受賞している。絵画のほか文学を好み、足で文字を入力して詩を書くことが趣味のひとつ。
The Collection
マニュエル・パレンニョ・リベラ
()/ 足で描く
1938年生まれ(スペイン)
1938年11月生まれ。生後間もなく罹った小児マヒのため、両腕がマヒしている。幼い時から全てを足で行ってきた。勤勉さと忍耐力、才能を持ち合わせた画家で、キャリアの早期から伝統的なスペインのリアリズム絵画を習熟した。巨匠の模写に情熱を注ぎ、大きな注目を集め、20歳の時には高名な画家の推薦で受賞。42歳の時には、セビリアの美術学校から名誉博士号が贈られた。好む画題はアンダルシア地方の風景、人々、狩猟。
The Collection
牧野 文幸(まきの ふみゆき)
()/ 口で描く
1966年〜2017年(岡山県)
1966年1月生まれ。高校2年生の夏に水泳の練習に失敗して頭を強打、頚椎を脱臼して四肢マヒとなった。15カ月間の病院でのリハビリを経て車椅子で高校に復学し、級友の助けを得て無事卒業した。絵は卒業後リハビリ療法士に勧められ口で始めた。職業画家に師事し、毎日長時間の修練を続け、4カ月で技術を身につけた。個展の開催やグループ展への参加など活動は積極的。絵画制作の傍ら、小中学校に招かれて講演や実演などの活動も行っていた。絵は、唯一自分が輝ける場所だと言う。書にも情熱を傾け、教授免許(五段)を取得。2017年6月没。
The Collection
ヨランタ・ボレク・ユニコウスカ
()/ 口で描く
1948年〜2019年(ポーランド)
1948年1月生まれ。進行性の筋ジストロフィーに生まれつき苦しんでいた。7年間の初等教育修了後、中等学校に進学。44歳の時に口で絵を描き始め、独学で技術を磨いた。様々なワークショップや展覧会に参加し、受賞している。2019年5月没。
The Collection
ヴォイコ・ガスペルート
()/ 口で描く
1949年生まれ(スロベニア)
1949年12月生まれ。17歳の時に潜水中の事故で脊椎を傷つけ四肢マヒとなり、以後、車椅子生活を余儀なくされる。22歳の時に口で描き始めた。工業学校の学究的画家のもとでグラフィックスと図面のコースをとる。28歳の時から地元の芸術家の協会に参加している。主に油彩とグラフィックスを創作し、好んで選ぶのは風景と静物。数多くのグループ展に出品しており、芸術性豊かな実績に対して多くの受賞経験がある。
The Collection
クリス・オパーマン
()/ 口で描く
1969年生まれ(南アフリカ)
1969年11月生まれ。神学を学んでいた19歳の時、激しく倒れ第5頚椎を骨折。作業療法中に筆と絵具とポリスチレンの像を与えられたが、初めは描画に興味を示さなかった。4年後、四肢マヒ患者の施設に移り絵を描く人々と出会った。その時から口での描画への挑戦を始め、描く楽しみに出会った。今では絵が生きがいとなっている。油彩画を好み、主なテーマは故郷の風景画や動物と人々の絵。
The Collection
築地 美恵子(つきじ みえこ)
()/ 口で描く
1964年生まれ(埼玉県)
1964年8月生まれ。幼い頃から絵画に興味を持ち、6歳から18歳まで絵画教室に通っていた。24歳の時に、登山中の転落事故で受傷し、両手両足マヒとなる。入院、手術を受け、事故から2年後にリハビリの一環として口にサインペンを取り、絵を描き始める。後に水彩画も始め、以前通っていた絵画教室の先生に再び師事し、才能を伸ばしている。好きなモチーフは水彩で描く優しいタッチの花々。個展やグループ展の参加など積極的に活動している。
The Collection
安達 巌(あだち いわお)
()/ 口で描く
1939年〜2006年(大阪府)
1939年10月生まれ。10歳の春、雀の子を捕るために鉄塔に登って感電し、両腕を失った。 12歳の時に初めて口に筆をとり、絵を描き始める。一生続けられる仕事に就きたいという思いから、本格的に絵画に取り組み、デッサンを始め、日本画・水彩・油絵と様々なジャンルの絵画を独学、創作した。多くの展覧会に出品し、これが口と足で描く芸術家協会の目に留まり、画家への道が開かれた。国内外の公募展に多数入選、受賞。25歳の時、東京オリンピック第2部パラリンピックにおいて、水泳で金、100m競争・立ち幅跳びで銅メダルを獲得。 2006年9月没。
The Collection
ジェン・ロン・リュウ
()/ 口・足で描く
1968年生まれ(台湾)
13歳の時、揚げていた凧が高圧電線に絡まり、金属ワイヤーで解こうとして感電。両腕は完全にマヒし切断された。事故後まもなく口と足で描き始め、描くことに喜びを感じた。以来、個人授業を受け着実に上達し、アジア的画題を描くことで広く知られるようになった。32歳の時に絵画芸術の科目を履修し、芸術を教える職にも就いた。趣味は音楽と旅行。
The Collection
アマド・ビンワグ・ドルヌアン
()/ 足で描く
1957年生まれ(フィリピン)
生まれつき両腕がない。5歳の時に入所した障がい児の施設で、初等、中等教育を受け、後にフィリピン大学で美術を専攻し4年間学業に励んだ。26歳の時に初めて個展を開催。その後、口と足で描く芸術家協会の奨学給費生となり、様々なメディアで取り上げられた。フィリピン国内にとどまらず、海外での展覧会にも出展できるようになり、アジア以外でも作品への評価が高まっている。
The Collection
レゼルダ・ルッベ
()/ 口で描く
1970年生まれ(南アフリカ)
生まれつき両腕がなく、足は短く膝の関節がない。短い歩幅で短距離しか歩けず、足指の数にも欠損がある。3歳から通信教育を受け始め、1988年に18歳で卒業。卓越した才能に恵まれ、足で入力し口で絵を描く。卒業後も描画の修練と学習を続けている。
The Collection
飯原 孝(いいはら たかし)
()/ 口で描く
1970年生まれ(新潟県)
1970年1月生まれ。16歳のときに交通事故で首の骨を折って神経を損傷し、手足がまったく動かない。1年半の入院後、療養所に転院。隣接の養護学校高等部を卒業し、現在は母親と2人暮らしをしている。あごで操作する電動車椅子に乗って生活している。描画は、子どもの頃に地元新潟市(元白根市)で毎年行われている白根大凧合戦が好きで、凧に描かれている絵を描けるようになりたいと、療養所で始めた。描画に対し熱心に取り組み、確実な進歩を遂げている。
The Collection
エロス・ボナミニ
()/ 口で描く
1942年〜2012年(イタリア)
1942年12月生まれ。雅号はベロネーゼ(Veronese)。工業技術の専門学校生の時に、競泳の飛び込みで脊椎を損傷し、車椅子生活となる。長い治療中に文学と音楽への情熱を高める中、描画に出会い天職となった。様々な芸術家から描画の基本と技術を学んだ。創作の基底にはキュビスムがあり、静物画や風景画にはそれが色濃く反映されている。長年にわたり作品を発表し、評論家から高い評価を受けた。2012年11月没。
The Collection
山口 かほる(やまぐち かほる)
()/ 足で描く
1950年生まれ(東京都)
1950年5月生まれ。生後3カ月で脳性マヒと診断される。10歳の時に画家一家の兄嫁から絵を習い、口で描き始めた。14歳で入所した施設では朝4時に起き、時間をかけて朝食を自分で食べ、通学した。やがて宗教に出会い、心の救いと友人を得て、忍耐を学んだ。16年間研究所に通い絵画を学んだ。初めは口で描いていたが、長年酷使した体のことを考え、現在は足で描く。ヘルパーやボランティア、多くの人に支えられながらひとり暮らしをし、数多くの個展を開催している。
The Collection
井上 忠(いのうえ ただし)
()/ 口で描く
1944年〜2005年(岡山県)
1944年6月生まれ。高校2年生の運動会で、騎馬戦競技中に首の骨を折り、首から下の神経がマヒし、四肢マヒ、体幹機能全廃となる。受傷2年後に口で絵を描き始め、看護士さんや友人たちに励まされ、独学で技術を磨き続けた。入退院を繰り返し12年間家で過ごしたが、父母の高齢化にともない、重度障がい者施設に入寮。絵の具を出したり、筆を洗ったりすることは、寮内の車椅子の友人に手伝ってもらい、二人三脚で作品を制作していた。1998年、油絵「働く家族」が、岡山市の中央保健所ロビーに、陶板レリーフとして飾られた。2005年6月没。
The Collection
浦上 哲也(うらがみ てつや)
()/ 足で描く
1957年生まれ(山梨県)
1956年4月生まれ。出生時の障がいのため発育が悪く、3歳の時に脳性小児マヒと診断される。機能訓練に励んだが日常生活の全てに介助が必要で言語障がいもある。電動車椅子を足で操作して移動する。12歳の時に国立療養所「清楽荘」に入所。絵に興味を持ちボランティアの大学生から絵を学んだ。21歳の時に山梨県立きぼうの家に移り、そこで口と足で描く芸術家協会主催の絵画教室に加わり本格的に絵画に取り組み、足での描画を修得。現在は絵が生きがい。「第三回障害者自立読売絵画展」審査員特別賞を受賞。
The Collection
ワレリー・シエバタロウ
()/ 口で描く
1965年生まれ(ポーランド)
丘から近くの川岸へ飛び降りた際に頸椎を損傷し、車いす生活を送る。新たな一歩を踏み出すため鉛筆を口にくわえて書き始め、独学で絵を描き始めた。カラーイラスト付きの子ども用聖書に触発され、聖書の場面を題材にした作品を描くようになる。技術を伸ばし、窓ガラスへの絵付けや知人の肖像画制作も手掛け、その後油彩画に取り組む。宗教画を描き続け数々の賞を受賞し、大司教から栄誉ある宗教勲章を授与された。開催する多くの展覧会は大きな注目を集め、母国カザフスタンの著名人が後援している。
The Collection
大石 順教(おおいし じゅんきょう)
()/ 口で描く
1888年〜1968年(京都府)
1888年大阪府生まれ。10歳で京舞の名取りとなる。17歳で養父に両腕を切り落とされ、19歳から旅回りの一座に入った。カナリアがくちばしで雛を育てる姿に教えられ口筆を覚えた。無学無教養を恥じて独学で字と絵を習得。40歳の時初めて個展を開き、43歳で障がい子女の教育養護を志す。京都山科に障がい者福祉相談所を設けて障がい子女と共に生活を始めた。68歳で口筆写経が日展に入選。74歳の時に障がい者いこいの家を建立。自ら両手が無い身でありながら、障がい者の社会復帰に半生を捧げた。1968年没。
The Collection
ホセ・マルコス・ドス・サントス
()/ 足で描く
1971年生まれ(ブラジル)
出生時に脳への酸素供給が不十分だったため両手の運動神経を失い、言語にも部分的な影響を受けた。8歳の時にはすでに、日常生活全般を自分の足で行うようになっていた。最初に線を引きスケッチを始めたのもその頃で、形や色を創ることに興味を持ち始めた。やがて絵を描くことが、生きる意欲や興味を高めることになった。
The Collection
森田 真千子(もりた まちこ)
()/ 口で描く
1956年生まれ(大阪府)
1956年4月生まれ。生後10カ月で高熱のため脳性マヒとなる。両手が全く使えず、体幹マヒ、四肢マヒ。小学校入学と同時に口で字を書き始め、鉛筆を意思通りに動かすことに成功した。養護学校高等部で描画を始め、卒業後の絵による自立を決意する。才能の上達を目指して努力を重ね、公募展、グループ展などに頻繁に参加、口と足で描く芸術家協会への加入を許される水準になった。1999年には作品「コスモス」が岡山市南ふれあいセンターに陶版画として飾られた。趣味は新短歌。歌集「心の掌」「風の画布」を発表している。
The Collection
六鹿 香(むしか かおり)
()/ 口で描く
1999年生まれ(愛知県)
1999年2月生まれ。未熟児として生まれ、生後4カ月で先天性多発性関節拘縮症と診断される。保育園のお絵かきの時間に、先生から教えられ口で描き始める。デザインや絵画が幼い頃から好きで、高校時代からはスマートフォンのアプリを用いて描く。2016年に開催された「伊勢志摩サミット」のロゴマークのコンテストで、デザインしたマークが入賞。将来、自立できる希望を持てると思い、口と足で描く芸術家協会に参加。念願のひとり暮らしを始め、創作に集中している。
The Collection
大井手 麻紀(おおいで まき)
()/ 口で描く
1969年生まれ(東京都)
1969年8月生まれ。脳性小児マヒのため、上下肢マヒ、言語障がいがある。訓練により鉛筆を手で持って書けるようになったが、小学3年生の時から、緊張、不随意運動がひどくなり、口に鉛筆をくわえて字を書くようになった。養護学校卒業後、絵画教室で描画を学び生きがいとなる。口と足で描く芸術家協会への参加で、好きな描画を続けられる環境ができた。障がい者が学校や仕事をはじめ、いろいろなことにチャレンジできる社会になることを願っている。
The Collection
石橋 亨弘(いしばし としひろ)
()/ 口で描く
1959年生まれ(大阪府)
1959年5月生まれ。生後3カ月の時に、高熱により脳性小児マヒとなり、体幹四肢障がいがある。3歳から中学校卒業まで障がい児施設で暮らし、そこで厳しい訓練を受け、口で何でもすることを覚え、描画の楽しさも知った。18歳のときから障がい者施設に入り、通信教育でイラスト・パソコン・油絵などを勉強した。その後は独学。デイ・サービス施設で本格的に油絵を描きだした。現在は、電動車イスで小中学校へ講演に出かけたり、公民館などで絵の実演をしたりしている。身近な素材を元に自分なりのイメージを膨らませて描き、はっきりとした色使いが特徴。
The Collection
黒木 洋高(くろき ひろたか)
()/ 口で描く
1965年生まれ(宮崎県)
1965年7月生まれ。21歳の時に自動車事故で第5、第6頚椎を損傷し全身マヒとなる。日常生活には介護が必要で、少し動く左手で電動車椅子を操作し移動する。25歳の時にリハビリの一環で口に筆をとり絵を描き始めた。独学で水彩の技術を習得し、アクリル画やパソコン画も描く。絵本に挿絵を描いたこともある。「読売身体障害者自立展」に5度出品し、「ありのまま賞」と「読売愛と光の事業団賞」を受賞。1998年には、宮崎県日向市の吉野橋の欄干を飾るレリーフの原画を制作。
The Collection
菅野 圭子(すがの けいこ)
()/ 口で描く
1956年生まれ(神奈川県)
1956年9月生まれ。幼少より絵を描くことに安らぎを感じていた。短大商業デザイン科を卒業、仕事はデザイン関係を選び没頭した。41歳で受傷、外傷性頚髄損傷により四肢マヒとなる。すぐ口に筆をとりフェルトペンで描き始めた。口で描く経験も歴史も深くはないが、今は絵が生きる心を支えてくれている。画法と題材に行き詰まったこともあったが、豊かで深みのある表現をと、思い通りに色を混ぜて作れる水彩画に切り替えた。題材も花から風景建物へと変わり、画風も前向きに変化し続けている。
The Collection
古小路 浩典(こしょうじ ひろのり)
()/ 口で描く
1963年生まれ(東京都)
1963年5月生まれ。中学3年生の時に器械体操のクラブ活動中に頭から落下し頚椎を損傷、全身マヒとなる。リハビリと療養を続けたが、肩から下はマヒしたままで手足の機能は回復しなかった。入院中に医師から口と足で描く画家たちのことを聞かされ、励まされて自身で口に絵筆をとる。退院後は職業画家について指導を受け、本格的な活動を始めた。生活が目的のあるものに変化し短期間に急速な向上を遂げた。29歳の時に初めての個展を開催。現在は勇気ある一人暮しを続けている。
The Collection
佐藤 拓也(さとう たくや)
()/ 口で描く
1964年生まれ(福岡県)
1964年10月生まれ。未熟児として生まれたため、その後の発育に問題があり、生後11カ月で脳性マヒと診断された。知能、言語に問題はないが、上下肢ともに重度の障がいがあり、両腕での日常生活がほとんど不可能で、歩くこともできない。養護学校卒業後は、重度障がい者療養施設に入所。介護されるだけ、生かされるだけの人生から脱却したいと、幼少時より好きだった絵画を通信教育で学び始めた。すぐには上達しなかったが、1985年、障がい画家の絵画教室に参加し、生き甲斐を求め、積極的に取り組み才能を開花させた。色彩感覚に優れた、個性的な作品を描く。
The Collection
ネッタ・ガノール
()/ 口で描く
1979年生まれ(イスラエル)
15歳の時、突然の感覚運動マヒに襲われ、急性横断性脊髄炎と診断された。エルサレムの病院で過ごした3年間のリハビリ期間中に口で絵を描くようになった。2001年にコンピューターサイエンスの理学士号を取得。非常に野心的で意志が強く、自動車の安全操縦のための特殊ソフトウェア開発に成功している。「落ち込んだり苦しんだりするのはやめました。人生を返せと嘆き奇跡を待つ代わりに努力しなければならないと悟ったのです」と語っている。
The Collection
南 栄一(みなみ えいいち)
()/ 口で描く
1955年〜2023年(長野県)
1955年8月生まれ。高校3年生の時に柔道の試合で頚椎を損傷し四肢マヒとなる。3年間の入院生活後自宅に帰り、ベッドと車椅子生活を始めた。絵は入院中にリハビリで描き始めたが、そこから新しい世界、新しい友人の輪が開け、毎日の生活が目的と楽しみのあるものになった。水彩画から始め次第に油彩で風景や静物を描くようになる。祖母、父母の逝去にともない独立し、良きヘルパーを得て重度障がい者ながら一人暮らしをしていた。作品「希望の虹」がリヒテンシュタイン公国の切手に採用された。2023年11月没。
The Collection
西岡 良介(にしおか りょうすけ)
()/ 口で描く
1954年生まれ(広島県)
1954年7月生まれ。高校2年生の夏に器械体操のクラブ活動で床運動の演技に失敗し、首の骨を折り頚椎を損傷した。両足は完全にマヒしており、両手両腕の機能も殆ど失い車椅子生活者となる。2年後に重度障がい者訓練センターに入所。リハビリの過程で口に絵筆をとり、握力ゼロの手で支えて絵を描き始めた。目的意識を持ち粘り強く独学を続け技術の習得に成功し、自立への大きな足がかりを得た。28歳の時に「第11回現代洋画精鋭選抜展」に出展。作品は油彩と人々に愛される色鉛筆画。
The Collection
茅野 清子(ちの せいこ)
()/ 口で描く
1941年〜2024年(神奈川県)
1941年9月生まれ。脳性小児マヒのため両手両足マヒとなる。小学校入学と同時に口で文字を書き、絵を描き始めた。41歳から本格的に絵画の勉強を始め、美術教師から基礎を学び、多くの展覧会に参加。作品の特徴は、生命力を感じさせ、躍動する色彩の使い方にあり、非凡な色の配置で作り出される画面の陰影、強弱は極めて新鮮で高く評価されている。学生ボランティアとともに日々切磋琢磨し、人々に喜んでもらえることが次の作品への励みになっていた。2024年没。
The Collection
水村 喜一郎(みずむら きいちろう)
()/ 口で描く
1946年生まれ(千葉県)
1946年7月生まれ。9歳の時に高圧線に誤って触れ両腕を肩から失った。以後、手の代わりに口と足を使い全てにわたって何事にも果敢に挑み、自助の精神を貫き通してきた。絵は口に筆をとり14歳から続けている。初めて公募展に入選したのは17歳の時。絵への情熱、勤勉さ、才能と哲学で卓越した職業画家の水準に駆け上がった。マツダ賞をはじめ美術界で重みのある賞の受賞も続け、35歳の時には主体美術協会会員に推挙された。描く詩人と言われ、技術とその絵の持つ力は傑出し、時に巨匠と並び称される。
The Collection
マルセロ・ダ・クーニャ
()/ 口で描く
1965年生まれ(ブラジル)
21歳の時、滝近くの川に飛び込み第5・第6頸椎を骨折。経験豊富なグラフィックデザイナーだったが、何カ月もの間入院を余儀なくされた。28歳の時、口と足で描く芸術家協会所属のブラジル人口筆画家のドキュメンタリー番組を見て、その熟練した技術に感銘を受け、口での描画を学ぶことを決意。以降、限りない熱意で全ての時間を描くことに費やしている。好きなモチーフは、故郷の風景や人々。才能に溢れ、すでにいくつかの展示会に出展し個展も開いている。
The Collection
マーガレット・グレイグ
()/ 口で描く
1937年〜2018年(オーストラリア)
13歳でポリオにかかり四肢マヒとなる。長い入院中に口で文字を書き、絵を描き始めた。絵画を通して見出した人生の喜びは、時が経つにつれてますます深まっていった。農場で育ったため、動物の中でも特に馬と牛を好み、モチーフとなることが多い。田舎の風景画も描き、花のモチーフは油彩画やテンペラ画によく見られる。34歳の時に口と足で描く芸術家協会の奨学金給付生となり、9年後に正会員となった。展覧会への出展だけでなく、ショッピングセンターなどで実演を行い、学校訪問で講演や実演もしていた。2018年没。
The Collection
ポーリン・アングス
()/ 口で描く
1976年生まれ(イギリス)
生まれつき関節拘縮症を患い、腕と脚がマヒし車いす生活を余儀なくされている。英国ハンプシャー州の特別支援学校に通い、10歳から特別支援教育の専門カレッジで美術を専攻し義務教育を修了した。美術とデザインのAレベル資格取得を目指し、博士論文にも取り組んだ。ガッシュ、パステル、アクリル、水彩、チョークなど様々な技法に挑戦し、独特の芸術的スタイルを最もよく表現できる油絵を特に好む。作品は天性の才能と深い芸術的感受性を表している。
The Collection
南 正文(みなみ まさのり)
()/ 口で描く
1951年〜2012年(大阪府)
1951年9月生まれ。小学校3年生の春休みに父の製材業を手伝い機械に捲き込まれ両腕を失った。2年遅れで養護学校に復学し、口、足、肩を使い勉学と生活訓練に励んだ。14歳の時に無手の画家大石順教尼に師事し、口での描画と生き方の修行を始める。師事後1年で口筆画「武者人形」が堺市展に初入選し、その後も公募展で入選や受賞を繰り返す。絵画の創作、個展を中心とした活動を続けながら、多方面でボランティア活動を実践。見る人の心を打つ美しい日本画を描き続けた。2012年12月没。
The Collection
石原 生美夫(いしはら きみお)
()/ 口で描く
1952年生まれ(神奈川県)
1952年12月生まれ。高校卒業後、交通事故で頚椎圧迫骨折を負い、四肢マヒとなる。6年余の闘病生活の後、神奈川リハビリテーションセンターの更生ホームに入所。そこで、口や足で描く画家の存在を知り、どん底の暗中模索の人生に希望を見出した。リハビリを兼ねて描画に励み、日美絵画研究所(通信油絵講座)で、絵画の基礎を習得。作品は豊かな色彩を特徴としている。絵画は、自己の精神闘争でありライフワーク、そして社会へのメッセージでもある。地域の障がい者と毎年開催するグループ展「グループ完『輝く生命の絵画展』」の代表を務めた。
The Collection
コディ・トレジエラ
()/ 口で描く
1960年〜2022年(カナダ)
1960年9月生まれ。19歳の時に自動車事故により首から下がマヒし、人工呼吸器に頼った生活となる。治療の一環として口で絵を描き始め、描画が治療だけではなく、個人的な達成感をもたらすものであることに気づいた。生きがいとなった描画の中でも特に油彩とスケッチを好んだ。カナダの出版社とともにブリティッシュコロンビア州での巡回展を数多く開催した。趣味は音楽や映画をはじめとする芸術鑑賞とスポーツ観戦。2022年7月没。
The Collection
木村 浩子(きむら ひろこ)
()/ 足で描く
1937年生まれ(沖縄県)
1937年10月生まれ。1歳になった直後の高熱により脳性小児マヒとなり、言語障がい、両手右足硬直がある。施設での生活を経て自立を目指し、18年間使わなかった足を訓練した。僅かに動く左足で文字を独学し、習得。可能性を求めて足での短歌、編み物、水彩画など次々と挑戦し、絵画に生きる道を見出した。生きている限り、自己表現の可能性である絵筆を捨てることはない。土に一番近い野の草花や人の優しさを感じさせる童画、俳画を得意とする。沖縄で障がい者と健常者の交流の場、「土の宿」を主宰している。
The Collection
梅宮 俊明(うめみや としあき)
()/ 口で描く
1966年生まれ(埼玉県)
1966年8月生まれ。19歳の時の自動車事故で脊椎を損傷し、以来、車いす生活で、肩から下の感覚がない。父の死後、自立への道を模索し、油絵の先生や一緒に描く仲間たちとの出会いを経て、口での描画を始めた。社会福祉協議会でのレッスンを経て、現在は、独自で描いている。2006年に初めて障がい画家の作品展に出展し、「全国肢体不自由児者父母の会連合賞」を受賞。続く年には優秀賞を受けた。2011年3月、夢であった個展をさいたま市にて開催し成功させた。障がいを持っている仲間達に、夢を少しでも与えられる絵を描きたいと奮闘中。