厚生労働省は2025年9月5日に、「ビルメンテナンス業務に係る発注関係事務の運用に関するガイドライン」を改正し、関係各所に通知しました。
ビルメンテナンス業は社会のインフラを支える非常に重要な存在です。
一方で厚生労働省は、ダンピング受注の排除、担い手の中長期的な育成・確保の促進を通じて健全な育成を図っていくことが不可欠としています。
そこでメンテナンスの発注にあたって遵守事項を改めて提示したのが今回の改正ガイドラインです。
改正の狙いと具体的な改正事項を解説していきます。
ビルメンテナンス業を取り巻く環境
公益社団法人全国ビルメンテナンス協会が会員企業を対象に実施した調査によると、まず悩み事として
- 現場従業員が集まりにくい(89.7%)
- 現場従業員の若返りが図りにくい(77.2%)
- 賃金上昇が経営を圧迫している(63.6%)
となり、人材確保や賃金に関するものが上位にきています。*1
実際、ビルメンテナンス業は労務費が経費の8割前後を占めています。

ビルメンテナンス業の経費割合
出所)公益社団法人全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス業における適正な価格転嫁の円滑化に向けて」p.1
https://cdn.j-bma.or.jp/wp-content/uploads/2024/09/02095913/tekisei-pamphlet-2.pdfその結果、最低賃金の上昇など人件費の高騰が、経営に直接影響を与えてしまう状況にあります。
実際、人件費の上昇にあわせて民間契約改定率は上昇してきているものの、最低賃金の上昇率には追いついていないという現状もあります。

出所)公益社団法人全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス業における適正な価格転嫁の円滑化に向けて」p.1
https://cdn.j-bma.or.jp/wp-content/uploads/2024/09/02095913/tekisei-pamphlet-2.pdf最低賃金の上昇率と民間契約の改定率の間には、約2割の乖離があるのです。
それでありながら、全国ビルメンテナンス協会が会員企業に対し2023年に実施したアンケート調査では、約48%が価格交渉を行わなかったと回答しており、そのうちの約38%が「発注者に交渉はできない」と回答しています。*2
価格転嫁を言い出せないメンテナンス業者が多数あるということです。
こうした事情を汲んだのが、今回のガイドライン改正といえます。特に「労務費」です。
ガイドライン改正の位置付けと内容
それではまず今回のガイドライン改正について、基本姿勢から抑えていきましょう。
ガイドラインの位置付け
厚生労働省はガイドライン改訂について、こう述べています。*3
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」(令和7年6月13日閣議決定)では、「中小企業・小規模事業者の賃上げと経営変革の原資の確保のため、(中略)原材料費やエネルギーコストの転嫁はもとより、労務費を含む価格転嫁の商習慣化を社会全体に定着させる。」こととされています。
また、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(令和5年11月29日内閣官房・公正取引委員会)では、コストに占める労務費の割合が特に高い業種の1つとしてビルメンテナンス業が挙げられ、発注者及び受注者それぞれが採るべき行動/求められる行動が12の行動指針として取りまとめられています。これらを踏まえ、関係省庁等との調整を経て、ガイドラインを改正しました。
おもに中小ビルメンテナンス業者の事業継続のために、受注側が労務費を含むコスト転嫁をしやすい環境を発注者は作りましょう、ということです。
改正ポイントの事例
厚生労働省はビルメンテナンス業の発注から完了までを6段階に分け、改正を加えています。
1) 維持管理計画策定段階
- 維持管理計画の策定
- 維持管理台帳の整備
がこの段階には含まれます。
具体的な改正要素が織り込まれるのは次の段階以降です。
2) 予算積算段階
この段階には、大きな改正点が盛り込まれています。以下のようなもので、赤字が改正部分です。

出所)厚生労働省「ビルメンテナンス業務に係る発注関係事務の運用に関するガイドライン改正版の概要(令和7年9月)」p.1
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001592487.pdf労務費等の上昇を見込んだ予算を積算すること、これが重要なポイントになってくるでしょう。資材についても同様のことが言えそうです。
3) 業務発注準備段階
業務発注準備段階では、以下のようにガイドライン改正が行われています(赤字)。

出所)厚生労働省「ビルメンテナンス業務に係る発注関係事務の運用に関するガイドライン改正版の概要(令和7年9月)」p.1
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001592487.pdfのちになって生じる役務を最初の契約書だけをもって「そのままの値段でついでにやっておいてね」というわけにはいかない、ということです。
4) 入札契約段階
そして、次に来る入札契約段階です。改正点は以下です。

出所)厚生労働省「ビルメンテナンス業務に係る発注関係事務の運用に関するガイドライン改正版の概要(令和7年9月)」p.1
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001592487.pdf人件費だけはこれからどこまで上がるのか先の読めないものになっていますから、受発注にあたってはスライド条項※を盛り込むことを推奨しています。スライド条項を盛り込まなかったとしても、労務費高騰時は価格交渉をできるような決まりごとを求めています。
(※スライド条項=発注者又は受注者は、工期内で請負契約締結の日から12月を経過した後に日本国内における賃金水準又は物価水準の変動により請負代金額が不適当となったと認めたときは、相手方に対して請負代金額の変更を請求することができる *4)
5) 業務実施段階
そしていざ、業務実施段階での決まりごとです。ガイドラインの改正部は下の赤字です。

出所)厚生労働省「ビルメンテナンス業務に係る発注関係事務の運用に関するガイドライン改正版の概要(令和7年9月)」p.1
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001592487.pdfこちらも基本的には、受注者を保護する内容になっています。特に賃金や物価の変動に関しては、受注者と発注者の間で定期的に協議を行うことが求められます。これらの点を軽視し不当な取引を行った場合、独占禁止法に抵触する恐れがあります。
6) 業務完了後段階
ここでは従来通り、
- 業務完了後の適切な履行検査・評価等
- 施設機能に関する現況確認
を実施すべきとしています。
適切な運用があってこそ、ビルはその価値を維持するということ
「家は定期的に誰かが住んでいないと荒廃していく」とよく言いますが、ビルもまさにその通りでしょう。美しく管理がなされている建物は、築年数が長くても魅力的な空間に感じられます。
メンテナンス業はまさにビルの付加価値を後から高めていく重要な存在といえます。メンテナンス業が人手不足で経営維持困難となる前に、買い叩きのような構図はあってはなりません。
なお、下のような対応は独占禁止法や下請代金法違反となる可能性があります。
十分な注意と配慮が必要です。

出所)公益社団法人全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス業における適正な価格転嫁の円滑化に向けて」p.2
https://cdn.j-bma.or.jp/wp-content/uploads/2024/09/02095913/tekisei-pamphlet-2.pdf人件費だけでなく、資材・エネルギーの高騰も先行きが不透明になっています。
今後高騰していく費用にどう対処していくのか。コストバランスを調整しながら、ビルのライフサイクルコスト(維持管理計画・長期修繕計画)も見直さないと立ち行かない状況のようです。固定費用も変動していくことを前提に予算計画を適宜調整し、価格変動に柔軟に対応できるよう準備をしておくことが重要です。
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*2
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*3
厚生労働省「「ビルメンテナンス業務に係る発注関連事務の運用に関するガイドライン」について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/building_maintenance_guideline.html
*4
国土交通省資料「工事請負契約書における請負代金額変更の規定(スライド条項)」p.1
https://www.mlit.go.jp/tec/content/001572775.pdf


