高度な制御機能をもつ建物「スマートビル」が増えてきました。
2023年に公表された「スマートビルガイドライン」では、ビルがスマートシティの中核として果たすべき役割や、「就業者アプリ」の意義が示されました。*1
今回の記事では、スマートビルの本質と、就業者アプリがもたらす新たな価値について、わかりやすく解説しています。
未来のビル運営に向けて、ぜひご一読ください。
スマートビルの役割は人々に価値を提供し続けること
スマートビルとはどのようなものでしょうか。
冒頭でふれた「スマートビルガイドライン」にその役割が示されています。
「スマートビル総合ガイドライン」
同ガイドラインは、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)とデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)スマートビルプロジェクトによって作られたもので、複数のガイドラインと別冊によって構成されています。
このうち、「スマートビル総合ガイドライン」には、全てのステークホルダーが理解しておくべき前提事項が解説されています。
具体的には、スマートビルを取り巻く背景やスマートビルのビジョン、定義などで、スマートビルの役割についても記載されています。
それはどのようなものでしょうか。
ビルはスマートシティの主要なインタフェース
同ガイドラインでは、ビルを「スマートシティの中で空間に働きかける主要なインタフェースとなる」と位置づけています。
政府は、デジタル技術を活用したスマートシティを推進しています。そのプロジェクトを支える理念として掲げているのは、「Society5.0」です。*2
Society5.0は、サイバー(デジタル)とフィジカル(実体)を融合させる最先端の技術を使い、社会課題の解決と経済発展を両立させながら、人間中心の社会の構築を目指す取り組みのことです。
そうしたフレームワークの中で、ビルは重要な存在であると指摘されているのです。
人々に価値を提供し続ける役割
同ガイドラインは、スマートビルが果たすべき役割を以下の図1のように示しています。*1
図1 スマートビルの役割
出所)IPA・DADCスマートビルプロジェクト「スマートビルガイドライン補足説明資料」p.14
https://www.ipa.go.jp/digital/architecture/Individual-link/ps6vr7000001x8o0-att/smartbuilding_guideline_appendix.pdf図1の左図にはビルを取り巻く状況が、右図にはビルの果たす役割が示されています。
外界やニーズは変化しますが、スマートビルは空間や環境、それらのデータを介して都市全体と協調しつつ、変化に柔軟に対応する能力を持ち、常に人々に価値を提供し続けるという重要な役割を果たすことが期待されていると説明されています。
さらに、「人との連携」という視点からのスマートビルの役割は、以下のように示されています。
ビル外のデータやアセットをスマートビル内のアセットと組み合わせ、多様なニーズに対応して人々の営みを活気づける空間やサービスを提供する
「アセット」とは、価値を持ちうる物理的、電⼦的な資産の総称です。スマートビル関連でいうと、各種機器、センサ、土地や部屋などの空間、システム、ファイル、データ、さらに関わる人や、人から取得したデータなどが広く含まれます。
ビルでの就業者にとっての価値
では、ビルでの就業者にとっての価値とはどのようなものでしょうか。
人への投資
今は、人的資本経営が推進され、従業員への投資が重要視されています。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことによって、企業価値向上を目指す経営のあり方のことです。*3
人材は、教育や研修、日々の業務などを通じて自身の能力や経験、意欲を向上・蓄積します。そして、そのことによって付加価値を創造し、組織に貢献しうる存在です。
人材はそのような意味で、価値を創造する源泉である「資本」として捉えることができます。*4
このような捉え方をすると、持続的な企業価値の向上や経済成長を支えていくための原動力は、「人」であるということになります。*3
一方で、国内外の機関投資家の間では、ESG(環境・社会・企業統治)投資の中でも、特にSの社会的要因が、持続的な企業価値向上には不可欠であるとの認識が広がっています。
こうしたことから、人的投資、つまり就業者への投資は企業価値向上に直結する戦略投資であるという認識が、企業だけでなく、投資家においても広がりつつあります。*4
就業者にとって価値あるビルとは
人的投資の観点から、生産性向上のための労働環境整備の重要性が高まっています。*5
こうした状況は、日本政策投資銀行と価値総合研究所が2024年に行った「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2024」の調査結果からも裏づけられています。
同調査によると、オフィスのレイアウト変更・縮小・拡大・移転など、オフィス変更を実施・検討している成長企業がその理由として挙げたのは、「魅力的なオフィスの整備(利便性や快適性向上に資する設備)」がもっとも多く、その割合は54.0%に上ります(図2)。
それだけ多くの成長企業が、就業者にとって魅力的なオフィス整備に投資しようとしているのです。
図2 テナントのオフィス変更の理由
出所)日本政策投資銀行・価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2024」p.9
https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/292236e8d91661b6fa6d514a84769288_1.pdf就業者アプリの意義
就業者にとって魅力的なビルにするためには、就業者アプリの導入や活用が効果的です。
その意義をみていきましょう。
就業者アプリの意義
次の図3は、従来のビルとスマートビルのアーキテクチャを表しています。*1
アーキテクチャとは、システムが存在する環境の中での、システムの基本的な概念、あるいは性質のことを指し、その構成要素や相互関係、設計・発展を導く原則として具体化したもののことです。
図3 ビルのアーキテクチャ
出所)IPA・DADCスマートビルプロジェクト「スマートビルガイドライン補足説明資料」p.20
https://www.ipa.go.jp/digital/architecture/Individual-link/ps6vr7000001x8o0-att/smartbuilding_guideline_appendix.pdf図3の左図は従来のビル、右図はスマートビルですが、どちらにおいても「就業者アプリ」がビルの構成要素となっていることがわかります。
ただ、既存のビルとスマートビルとでは、就業者アプリと他の構成要素との相互関係が異なります。
既存のビルはそれぞれのシステムで個別にデータを抱えていることが多く、システム連携のためには別途、調整が必要です。
一方、共通のデータプラットフォームであるビルOSが導入されているスマートビルは、データ連携のためのインタフェースをモジュール単位で、必要に応じて追加できます。
スマートビルが普及し、ビルOSの導入が進めば、就業者アプリを導入しやすくなり、さまざまなビルで就業する人々の利便性に、より貢献することになるでしょう。
おわりに
ビルはスマートシティの主要なプラットフォームになると位置づけられており、今後のスマート社会を支える重要な構成要素です。
就業者への投資が推進されつつある現在、ビルで働く就業者向けアプリは、単なる付加サービスではありません。
その導入は、就業者の利便性向上という側面から企業価値を高めるとともに、ビル全体の価値向上に貢献する重要な要素となるでしょう。
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独立行政法人情報処理推進機構(IPA)・デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)・スマートビルプロジェクト「スマートビルガイドライン補足説明資料」(2023年6月9日)p.8, p.14, p.16, p.20, p.23
https://www.ipa.go.jp/digital/architecture/Individual-link/ps6vr7000001x8o0-att/smartbuilding_guideline_appendix.pdf
*2
首相官邸「日本のスマートシティ SDGsなど世界が抱える課題を日本のSociety5.0で解決」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/pdf/smart_city_catalog.pdf
*3
経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~ 」(2020年9月)p.2, p.9
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf
*4
内閣官房「人的資本可視化指針」(2022年8月) p.1
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf
*5
株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2024」(2024年11月)p.9
https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/292236e8d91661b6fa6d514a84769288_1.pdf