• 更新日:2026.07.27
  • 作成日:2026.07.27

風を制する者が都市を制す?昨今のビル風事情

都市の高層化が進むにつれ、街中に吹き荒れる「ビル風」が都市課題として注目されています。髪の乱れや洗濯物の飛散といった日常的な不快感から、歩行者の転倒や建物損傷まで、ビル風がもたらす影響は多岐にわたります。
今回は、ビル風が生まれる仕組みからその防風対策まで、その知恵と工夫を探ります。

ビル風とは

「家を出るときは風が吹いていなかったのに、ビルの角に差し掛かったら急に風が強くなった」そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。この現象が「ビル風」と呼ばれるものです。

一般的に、市街地を流れる風は、上空では風速が強く、地表面に近づくほど弱くなるという特徴があります。しかし、高層建物が建設されると、その上空の強い風が建物にぶつかり、周囲に強風や風の乱れを引き起こすことがあります。これが、いわゆるビル風の正体です(図1)。*1

図1:高層建物周りの風の流れ

出所)一般財団法人 日本建築総合試験所「周辺気流試験」

https://www.gbrc.or.jp/assets/test_series/documents/wi_01.pdf

ビル風による問題は、通常の「風害」と基本的に同じで、強風による生活・歩行・物損などの影響として現れます。

ビル風による被害

ビル風がもたらす影響は、日常的な不快感にとどまらず、建物の損傷や経済的損失につながることもあります。

ビル風について考察した論文によると、例えば

  • 強風による歩行障害、傘の煽られや損傷、歩行者の転倒
  • 髪の乱れや衣服のバタツキ
  • バイク、自転車の転倒
  • 瓦のズレや飛散、庇、屋根の倒壊
  • バリアフリーの斜路が強風で利用できない

などが挙げられています。

髪の乱れや衣服のバタツキは一時的な被害でそれほど深刻な問題ではなさそうですが、中には高層建築物近くの美容院が閉店になった事例もあります。

他にも、2003年にはビル風により不動産価値の下落までが認められた事例もあり、ビル風は単なる不快な現象に留まらず、経済的な損失をもたらす問題にもなり得るのです。*2

これらの事例を見ると、ビル風は単体の建物だけの問題ではなく、都市全体の課題として捉える必要があることがわかります。特に、高齢化社会が進む日本において、歩行者の安全確保は都市計画における重要な要素となるのではないでしょうか。

ビル風対策は、すべての人が住みやすい街づくりの観点からも、今後ますます重要性を増していくでしょう。

ビル風は対策できるのか

ビル風の発生は建物の規模や形状だけでなく、地域の地形・周辺建物の配置、形状、規模など多くの要因が複雑に絡み合うため、影響の程度や被害の有無を事前に正確に予測するのは非常に困難です。

現時点では、日本国内において風害を規制する法律は存在しておらず、建築計画におけるビル風の調査も法的強制力をもつものではありません。*3

しかし、実態として、建築物が高さ40~60mを超えると、何らかの方法でビル風の予測評価が求められる状況が生まれており、自治体によっては、ビル風に関する条例が定められている場合もあります。実際、地方自治体での環境影響評価条例の大半でビル風について触れられており、多くは高さ100m以上、かつ延べ床面積5万~10万㎡以上の高層建築物に対してビル風の検討を義務付けています。*2

では、予測が困難なものをどう対策するのか見ていきましょう。

建築物形状による対策

まず、主要な風向に対する見付面積(建物が風を受ける面積)を狭くすることが有効です。平面形状が風に対して抵抗が少ないと思われるものほど、風速の増加範囲が小さくなります。加えて、角張った形状を避けることも効果的です。

また、高層部の下に高層部よりも幅広い低層部を設けたり、建物に庇を設けたりすることも風を抑制する効果があります。*2

他にも、壁面に凹凸や風穴を設ける事例もあります。日本電気(NEC)本社ビルは、風の頻度が多い南北方向に風穴を設けており、その大きさは高さ15m、幅35mで、地上50mに位置しています(図2)。*4

図2:風穴のあるNEC本社ビル

出所)吉田 正昭「実務面より見たビル風問題」日本風工学会誌 1990巻 1990年 44号 p.50

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jawe1982/1990/44/1990_44_43/_pdf/-char/ja

このような建物形状の決定に至るまでには、基本実験や予備実験などに2年の歳月を要しており、風環境改善への取り組みの複雑さを物語っています。*4

一見すると、デザイン性を重視したユニークな建築に見えるかもしれません。しかし実際には、長い時間をかけて検討され、機能とデザインを兼ね備えて設計されたものです。

私達の生活の中にある一風変わったデザインも、実は合理的な理由があるのかもしれません。普段何気なく目にしているデザインや構造物が、なぜこの形になったのか推理してみるのも、きっと新たな発見につながるでしょう。

樹木などによる対策

多くの場合、樹木やフェンスの設置  による対応が選択されています(図3)。*2

図3:防風対策の例(左:樹木のモニュメント 右:高さ10m程度の防風フェンス)

出所)中村 修「ビル風と規制」日本風工学会誌 40巻 2015年 1号 p.21

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jawe/40/1/40_17/_pdf/-char/ja

樹木以外の対策も効果的です。樹木を模したモニュメントや防風フェンスの設置事例や、大がかりな設置が困難な場合には、防風機能を兼ねてデザインされたパネルやフェンスを複数設置する方法も採用されています。

また、風の強い場所では歩行者の転倒防止のために手すりを設けることもあります。*2

手すりの設置などは、歩行者の安全を守るうえで一定の効果がありますが、あくまで転倒を防ぐための応急的な措置にすぎず、風そのものを抑える根本的な解決策とは言えません。

とはいえ、周辺の区画整備などによって建物周辺の環境が変化し、新たにビル風が発生するような場合には、こうした対症的な対策も現実的かつ有効な手段となります。

敷地内の配置

敷地内に建物を配置する際は、卓越風向(ある地域で一定期間内に最も多く吹く風向き)に対して見付面積を最小にすることで、強風領域の発生を抑制できます。

また、高層建物による風速増加は建物に近いほど顕著で、離れるにつれて急激に減少する特性があります。この特性を活用し、歩行者空間や周辺住宅などの風環境が問題となりやすい場所を、なるべく建物から離れた位置に配置することも有効な対策となります。*5

都市部のように敷地条件が制限されている場合は、建物配置の自由度が少なくなることも多いため、限られた空間内でどう緩衝帯を設けるかが実務的な鍵になるでしょう。

建築物相互間の配置

特に注意が必要なのは、計画建物に隣接して高層建物が存在する場合や、複数棟を同時に建設する場合です。このような状況では、建物同士の間隔と配置を慎重に検討することで、強風領域を減少させたり、特定のエリアを強風から守ったりすることができます。

建物同士の間隔が狭いほど、高い風速増加率を示す領域が現れる傾向があり、間隔を広げるほど風速の増加率は小さくなります。*5

こうしてみると、まちづくりというのは、単に建物を建てるだけの作業ではなく、風の流れや周辺環境への影響といった、目に見えにくい要素まで丁寧に考慮する必要があることがわかります。

建物の配置ひとつとっても、風の特性を理解し、それを活かした設計を行うことで、私たちの暮らしやすさや安全性が大きく左右されます。

都市空間を形づくるうえで、こうした配慮がどれほど重要か、改めて実感させられます。

新しい技術も登場

近年ではテクノロジーの進化により、より高精度なアプローチが可能になっています。

それが、「ドップラーライダー」と呼ばれる風況計測装置です。

ドップラーライダーは、レーザー光を大気中に照射し、空気中の微粒子(エアロゾル)にぶつかって返ってくる光を解析することで、風の速度や向きを測定します。エアロゾルが風に乗って移動することで生じる光の周波数変化(ドップラー効果)を利用する仕組みです(図4)。*6, *7, *8

図4:ドップライダーによる風況データソリューション(左:ソリューションのイメージ(矢印の色:風速、向き:風向) 右:設置イメージ)

出所)三菱電機株式会社「建設業界初となるドップラーライダーを用いた風況データソリューションの有効性を確認」p.1

https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/2022/pdf/0518.pdf

空港などの空の安全監視や風力発電のアセスメント調査、効率的な発電のためなど様々な分野で利用されています。

その中で、都市開発への応用も行われており、再開発時のビル風対策に活用されています。

ビル風が課題となっているロンドンでは、すでに街の設計段階から風の情報を積極的に活用した都市計画が進められています。*6, *8

ロンドンのように、都市の設計段階から風の流れを読み取り、それを活かした街づくりが進められている事例を見ると、日本でも同様の取り組みが広がっていく可能性を感じます。風という目に見えない存在を、都市の「設計要素」として捉える発想は、これからの都市環境の質を大きく左右する鍵になるのかもしれません。

さらに興味深いのは、ビル風を単に抑制するだけでなく、エネルギーとして活用する技術の研究開発も進んでいることです。

例えば、風車の回転を利用してビル風の発生を抑制しながら、その過程で発電も行う画期的な建材の開発が行われています。この技術では、発電した電力を風車自体の過回転防止制御に使用し、余剰電力は非常時の予備電源として活用できます。*9

「厄介者」とされてきたビル風を、エネルギー資源として活用する発想には驚かされますし、都市の持続可能性を高めるうえでも大きな可能性を秘めています。さらに、発電した電力を風車の制御や非常時の電源として活用できる点も、実用性と防災性の両立を図るうえで非常に魅力的です。

こうした技術が今後さらに進化し、都市のあちこちで“風を活かす建築”が見られるようになれば、街そのものがエネルギーを生み出す存在へと変わっていくかもしれません。

ビル風を制御できる時代へ

都市の高層化が進む現代において、ビル風は避けて通れない課題となっています。
しかし、この問題への対処法は着実に進歩を遂げています。
ビル風対策は、単なる問題解決を超えて、より快適で持続可能な都市環境の創造につながる取り組みです。
未来の都市では、風は制御され、時には活用される存在として、人々の暮らしを支える要素となるのかもしれません。

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*1
一般財団法人 日本建築総合試験所「周辺気流試験」
https://www.gbrc.or.jp/assets/test_series/documents/wi_01.pdf

*2
中村 修「ビル風と規制」日本風工学会誌 40巻 2015年 1号 p.17~18, p.20~21
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jawe/40/1/40_17/_pdf/-char/ja

*3
柏市「中高層建築物等の建築に関する一般的な考え方」
https://www.city.kashiwa.lg.jp/jukankyo/shiseijoho/keikaku/shigoto/kaihatsu/toshikaihatsu/4554/kangaekata.html

*4
吉田 正昭「実務面より見たビル風問題 」日本風工学会誌 1990巻 1990年 44号 p.50
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jawe1982/1990/44/1990_44_43/_pdf/-char/ja

*5
富永 禎秀「風環境の対策と制御」日本風工学会誌 2005巻 2005年 104号 p.348
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jawe1982/2005/104/2005_104_348/_pdf/-char/ja

*6
独立行政法人情報処理推進機構「人類を空人に補完する計画 Vol.2 空のデジタル化 見えない空気の動きを見せる方法 レポート」
https://www.ipa.go.jp/digital/architecture/seminar/2021/20210520_report.html

*7
三菱電機株式会社「建設業界初となるドップラーライダーを用いた風況データソリューションの有効性を確認」p.1
https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/2022/pdf/0518.pdf

*8
日本経済新聞「都市開発、『風』を制する 光技術で街やドローン安全に」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2720L0X20C22A7000000/

*9
Hatch Technology NAGOYA -ハッチ・テクノロジー・ナゴヤ-「WINDABプロジェクト実証実験報告」
https://www.hatch-tech-nagoya.jp/2022/yamada_hm/

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